トルコの世界遺産アヤ・ソフィアが博物館からモスク化!非難が殺到する理由は?

トルコの世界遺産アヤ・ソフィアが博物館からモスク化!非難が殺到する理由は?

みなさんいかがお過ごしでしょうか?
今回は海外ニュース編です!

みなさん突然ですが、トルコに行ったことはありますか??

中でも観光地として人気なのがイスタンブール!

トルコに旅行するなら必ず行きたい場所ですが、

このイスタンブールにある「アヤ・ソフィア」のモスクが博物館からモスクに変わったことが物議を醸しています。

この記事を読んで分かること
・アヤ・ソフィアのモスク化が反対される理由
・トルコの歴史・世界史
 こんな人におすすめ・トルコへの旅行を考えている
・世界史について少し勉強してみたい
・明日誰かに話したくなる知識を身につけたい

ニュース概要:  アヤ・ソフィアのモスク化



トルコのイスタンブールにアヤ・ソフィアという巨大なモスクがあります。

アヤ・ソフィアはつい最近まで博物館として利用されていたのですが、
7/24日から再びモスクへと戻りました。

モスクへと戻ることはかなり注目されているようで

様々なメディアでも報道されています↓

時事ドットコムニュース
「アヤソフィアで金曜礼拝 86年ぶり、世界遺産のモスク化―トルコ」




へぇ~モスクに戻ったんだ
せっかくなら博物館じゃなくて
モスクとして使った方がみんなハッピーだよね!!

と考えていたのですが、、、

 トルコ、世界遺産アヤソフィアをモスクに 欧米は反発
                                  日本経済新聞

   イスタンブールの博物館「アヤソフィア」を再びモスクに 大統領が命令 ユネスコは懸念

                                                                                                                       毎日新聞

、、、と

ネガティブな印象の記事があちらこちらにありました。

このように各方面から反発や心配の声が向けられていて、このことを良く思わない人がかなりいるようです。

反対意見の内容

それでは、具体的にどのような点で反対の声が上がっているのでしょうか?

まず、アメリカの国務長官であるポンペオ氏が以下のような声明を出しています

われわれはトルコ政府に対し、トルコ共和国に寄与した信仰の伝統と多様性の歴史を尊重することに同博物館が深く関わってきたことの例として、アヤソフィアを博物館として維持し、今後もすべての人を受け入れるようにすることを要請する                                        
                    AFP BB NEWS

この優れた建造物の遺産と、信仰の伝統と文化が異なる人々の間にかかる人類待望の橋としての役割を果たす、現在世界では希少な卓越した力を傷つけることになる                                   
                                                                  AFP BB NEWS


アメリカの国務長官がトルコのモスクになんで口を出すんだ?って感じですよね

どちらも非常に長い文章ですが、今回重要となるのは、


すべての人を受け入れるようにすること

信仰の伝統と文化が異なる人々の間にかかる人類待望の橋としての役割

の二点です!!

また、アヤ・ソフィアは世界遺産に登録されているのでユネスコからもトルコの決定に関して深い遺憾を感じているとの報道があります。

なぜモスク化に懸念があるのか?

これまで紹介してきた通り、様々な角度からの反発があることが分かりました。

ただ、日本人からするとこれらの声明を読んでも未だに何が良くないのかピンと来ないですよね。

これらを理解するにはトルコの歴史について触れないといけません

トルコの歴史

現在のトルコ(アナトリア半島)はこれまで実に色々な帝国に支配されてきました。

ざっと説明すると

<トルコの歴史>

東ローマ帝国(ビザンツ帝国)
  ↓
オスマン帝国
  ↓
トルコ共和国

の順番です

東ローマ帝国 (395年~1453年)

東ローマ帝国は、コンスタンティノープル(現イスタンブール)を都にしました。

この帝国は『テルマエ・ロマエ』などで有名な全盛期のローマ帝国が分裂し、後継となった帝国なんです。

今回取り上げている「アヤ・ソフィア」もこの帝国の時代に建てられました。

察しがいい人はお気づきかもしれませんね。

「アヤ・ソフィア」は元々キリスト教を信仰するための大聖堂でした。


その後、しばらく栄えていた東ローマ帝国でしたが、イスラーム勢力に徐々に領土を奪われ、最終的には、次に紹介するオスマン帝国に滅亡されます。

オスマン帝国 (1299~1922)

次にトルコを制したのはオスマン帝国でした。

こちらもコンスターンティノープルを首都におき、名前がイスタンブールへと変わっていききました。

オスマン帝国はイスラム教の帝国なので、この時代にアヤ・ソフィア を「モスク」へと改築しました。

現在見られるアヤ・ソフィアの周りに見られる尖塔はこの時期に作られたものなんです。

トルコ共和国(1923年~現在)

オスマン帝国ですが、様々な戦争に敗北したことにより徐々に弱体化します。

・第2次ウィーン包囲失敗  :ハンガリーを失う
・ロシアに攻められる    :クリミアを失う
・ギリシア独立戦争        :ギリシアを失う
・エジプト=トルコ戦争   : エジプトを失う

そして、第1次世界対戦でもドイツ・オーストリア側についたので、この戦争でも敗北。。。

セーブル条約を結ばされイラク・シリア・ヨルダン・レバノン・パレスチナを失います。(というかどんだけ広かったんだオスマン帝国。。。)

これに反旗を翻したのが、ムスタファ=ケマルという人物。

ギリシャを撃退し、現在の首都であるアンカラに新政府を樹立、トルコ共和国の成立を宣言します。

これを(トルコ革命)と呼びます。

さて、アヤ・ソフィアの話は? ってなりますよね笑

ムスタファ=ケマルは国内の文化においても多くの改革を行いました。

従来のイスラム教のしきたりを廃止し、国際的な国を目指すべく、西欧化を推進します。

いわゆる政教分離の改革です(政治と宗教を分離すること)

<ムスタファ=ケマルの改革>
・アラビア文字→アルファベット
・イスラーム暦→太陽暦
・女性のヴェール廃止
・カリフ(皇帝制)の廃止

そして国際化の推進により、アヤ・ソフィアもイスラム教のモスク→イスラム教とキリスト教が混在する博物館に変わりました。
(この変更が法に則っていないという理由から現大統領がモスクに戻すことにしたようです。。。)

このような背景を持ったアヤ・ソフィアが再びモスクへと変わろうとしていている中で、様々な意見が飛び交っているということになります。

改めて反対される理由とは?

トルコの歴史を振り返った上で先程の声明を見てみましょう。

1つ目の


"すべての人を受け入れるようにすること"

ですが、
アヤ・ソフィアはこれまで博物館として利用されていたため、誰でもはいることができました。しかし、イスラム教のモスクとなったことで、入場できる人が限られるのではないかという懸念が広がっています。

これに対し、トルコの現大統領であるエルドアン大統領は

エルドアン大統領
エルドアン大統領

全てのモスクと同じように、アヤソフィアはトルコ人にも外国人にも、ムスリムにもそうでない人にも門を開く

と言っているので、これは問題なさそうです。(よかった。。。)


ただし、個人的に問題だと思うのが次の声明

"信仰の伝統と文化が異なる人々の間にかかる人類待望の橋としての役割を果た、現在世界では希少な卓越した力を傷つけることになる "        

これが今回の非難の中で最も重大なものかと思われます。
なんせ、イスラム教は偶像崇拝を禁止しているので礼拝中は中にあるキリスト教の聖母像を布で隠します。

そうなると
アヤ・ソフィアのこれまでの歴史を否定しているように感じてしまいますよね。        
また、これまで戦争を何度か行ってきたギリシアもキリスト教を崇拝しているので、それこそ信仰の伝統と文化が異なる国との間にかかる橋を壊す行為であり、ギリシアとの確執が生まれそうです。

宗教がらみの問題は敏感なので緊張が高まりやすいですね。。

まとめ

いかがだったでしょか?
今回は日本人にとってあまり馴染みのないトルコの歴史と共にアヤ・ソフィアのモスク化について触れました。

様々な文化が混同しているからこそ建物としての魅力も増しますし、複雑な社会問題へと発展してしまうこともありますね。

モスク化したことで世界遺産のリストから抹消されないことを願うばかりです。




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